Glossyー東京大学での軌跡ー

凡人東大生による素朴なブログ

精神的にキツい状態にある受験生へ

 

 

 

これが恐らくブログの形を取ったものとしては受験生へ向ける最後のメッセージになると思います。

 

 

かといって、別段気合いを入れて書くわけでもなく、いつものように自分の頭の中にあることを適当に言語化していく訳ですが....。

 

自分の不甲斐なさに申し訳ないというか、受験から半年も離れると当時の知識はさることながら、心境や肌感覚も遠いものとなってしまうのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は精神的にキツい状態にある受験生へ、というタイトルです。これが多分個人的にこのブログを通して一番伝えたかったことですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

受験生活は色々と"クル"ものだと思います。

 

 

 

 

 

 

毎日毎日運動もせずに屋内に長時間篭ってひたすら不合格への不安と向き合い勉強をし続ける。焦燥感や興奮に駆られて夜も眠れず、朝も不自然に早く起きてしまい、概日リズムを崩してしまう。

 

 

 

 

これは肉体的に明らかに不健康でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

心境の面でも、受験生活を通じて、成績が伸びない自分、過去の勉強してこなかった自分、思い通りの勉強が進められない自分、こういった自分への不安や苛立ちや絶望感から勉強に手が付かなくなって気持ちが塞ぎ込んでしまうかもしれない。

 

 

また、調子が良いからって寝る間も惜しまずに、毎日毎日勉強せずにはいられない、急かされるかのように勉強を続けて、一種のトランス状態になり猛烈な勢いで無理な勉強を無理とも思わずに続けてしまうかもしれない。

 

 

この状態は明らかに精神的には不健康でしょう。(後者は躁状態なため当事者は不健康とは思わないかもしれないが、長続きはせず、調子がよかった頃の自分を思い出し現状と比較して嫌悪するかもしれない)。

 

 

 

 

 

 

 

 

受験生活の中には精神疾患を引き起こしやすい外的要因が数多く含まれているが、中々これは認知されていない。浪人時代に通っていた予備校の最初の授業で言われた言葉は「君達はこの一年間勉強マシーンになるのだ、淡々と勉強だけをこなし続けろ」だったが受験生は人間である。

 

 

 

 

僕の浪人期の前期はそれこそ勉強マシーンのように、一日12時間以上、カフェインに煽られて尋常でないペースで問題を解き尽くしていたが、後期は気が塞ぎこまれ勉強に全く手がつかず勉強時間は誇張でもなんでもなく0秒の日が続き、ひどい時期は毎日起き上がるのも食事を取るのも困難だった。

 

 

 

完全に僕は躁鬱の中で受験期を送っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

そしてこれは今でも引き摺っている。前期はまさに無敵のような状態で、勉強も遊びもサークルもブログもハイペースで取り組めたが、大学生活最初の夏休みは打って変わって何も出来ず、何も考えられず、何も進捗を産めず散々なものだった。そもそも躁鬱は治らないのだが、寛解はするだろうということを見込んでいたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ僕の話はそこそこにして、そろそろ受験生へのメッセージを言いたい。まず、そもそも論として大学受験にそこまでの熱意を注ぐべきか、青春も心身の健康も少なくはない親の金も犠牲にする価値はあるのかということを言いたい。特に僕のように、少なからぬ人は受験生活を通じて心を壊してしまうのだから。

 

 

 

 

 

多くの人が大学を、それも東大を初めとする難関大学を目指す動機は何か。それは何となくかっこいいからとか、達成難度が高く人に自慢ができるからとか、将来の選択肢を広げるためとか、そんな程度のものだろう。

 

 

 

 

かく言う僕がまさにそれを動機に東大を目指していたわけだし、僕の友人である東大生も多くはそのような考えだった。(何なら進振りも同じような動機で何となく法学部や経済学部がいい、文学部は嫌などと言ったりするのだ)。

 

 

 

ただ、その程度の動機で、青春を投げうち、親の金を費やし、心身の健康を犠牲にする。そんな価値が大学受験にあるのかと僕は疑問に思ってしまう。

 

 

 

今僕は東大に入って全く幸福だとは思わないし、僕が大学生活に望んでいたことは大体早慶でも、一橋でも手に入っただろう。友人の質云々とはよく言われる。確かに東大生は人間的によく出来た、性格のよく他者に寛容な人間が多いように思う。ただ、実際の世の中はそうでは無いから社会に出た時に性善説でいくと上手くいかないだろうし、ぶっちゃけ他大でもランクがひとつ落ちる大学、僕目線では早慶でも東大と学生の質はさほど変わらないだろう。(これは僕がかなりレベルの低い公立中学、高校に通っていたからなのかもしれない。)

 

 

将来的に就活を始めたり社会に出たら東大を卒業したことがブランドとして活きてくるのかもしれないが、それは多分早慶でも得られたものだろう。折角東大に入ったのだから東大卒にしかできないことをしたいのだが。

 

 

 

まあ話がズレたが、今受験生活を送っていてかなり精神的に参っているという方には、君が妥協できる範囲内ならどこの大学に行こうが人生は大して変わらないんじゃないの?と言いたい。少なくとも東大文系受験生が早慶に行くことになったってそれほど不利にもならないでしょう。僕が世間知らずなだけかもしれないけど、早慶に行くことになったからって自分の可能性が閉ざされる訳ではなくて、大多数は残ったままで別の可能性がまた開けると思う。

 

 

 

最終的に幸福度を最大限高められるような生き方、いや不幸であっても自分が満足できるような生き方が出来れば人生はそれでいいのではと思うこの頃。

 

 

 

 

ただ、これは僕が一浪したとはいえ最終的には積年の努力を経て第1志望の大学、それも東京大学に合格した受験の勝者だから言えるというのは間違いない。僕は東大に落ちてたら慶応生になっていたのだが、慶応生だとして果たして自分の幸福度が今より高くなるのか、自分を肯定できたのかと想像すると、それは分からない。

 

 

初志貫徹という言葉があるように、自分が最初に立てた志を無事達成することに価値を置く価値観は僕らの中に無意識であれ浸透しており、全く影響を受けない訳にはいかない。

 

 

だから第1志望には絶対合格したい。ここで折れたら全てが終わってしまう。

 

 

実際は終わりはしないのだが、そう思う受験生は多いと思う。動機はどうであれ、一度踏み出したら止まることは敗北を意味する価値観に影響を受けない訳にはいかないのだから。

 

 

ただ、それでも不安で不安で仕方ない。気分が塞ぎ込んでしまい勉強ができない。

 

 

 

 

 

そういう受験生 ―つまり浪人時代の僕なのだがー はどうすれば良いのか。

 

 

 

 

 

 

 

一番手っ取り早い解決策は余計なことを考えずにただひたすらに勉強をすることだろう。躁転を手動で起こしてしまえばいいのだ。そうすれば合格可能性は上がるし、不安に思うことも無い。

 

 

 

 

 

ただ、それが出来れば苦労はしないわけで、特に浪人生活は受験勉強だけに想いを馳せ続けるには長すぎるのだ。色々と考えないわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

そんで、精神的にキツい状態にある受験生はどうすればいいのか。僕の経験からのアドバイスだけど、これはもう勉強を放棄して時が過ぎるのを待つしかないんじゃないかなと思う。

 

もう自分が自分の思い通りには動かないってのは知り尽くしてるし、どうしようもない時はある。そんな時は不貞寝して、空虚な一日を送ったっていいと思う。適当にマンガ読んだりネットサーフィンしたりゲームしたりして、そんでまた勉強がやりたくなる日を待ったり、何なら受験当日まで待ったりしていいでしょう。

 

 

本番までもう何しようが、これまで積んできた自分の努力は不変で、それだけは信頼していいものだから。

 

 

 

勿論、これは成長を止めるということだし、勘が衰えることもある。僕は現に国語のスタートダッシュに失敗してるし、数学は散々な出来だし、世界史の答案ももうちょい綿密に情報を網羅できたかもしれない。

 

ずっとやり続けた人には勝てないのは僕の開示得点が十二分に表してると思う。

 

 

 

ただ、それでも今までちゃんと勉強してきた君はもう十分強いのだから、例え勉強を放棄したとしても、全盛期と比べて勉強ペースや成長速度が落ちたとしても、最後まで受験をすることだけは諦めないで欲しい。そうすれば多分合格できるから。この記事を読んで、それでも第1志望への想いを途絶えさせないような人ならね。僕は11月〜12月半ばと、センター直前の1週間、二次試験直前の3週間は本当に全く勉強せずに、ずっと5chのスレかパワプロばっかやってたけど、それでも合格できたんで。

 

 

 

 

何かまとまりもないし陳腐な言葉だし、最後の部分なんかは去年僕を救ってくれた先輩の言葉が良かったからそれをそのまま伝えたんだけど、まあこれが少しでも役立ってくれれば幸い。

 

 

 

 

それではまた。