Glossyー東京大学での軌跡ー

大学生活を通じて色々成長したい凡人東大生による素朴なブログ

受験生の夏休みの過ごし方

 

 

 

 

 

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こんにちは~、今回も質問箱への回答です。今回の質問はこちら!

 

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はい、もうすぐやってくる夏休みについてです。7月になると快要放暑假了!って感じで、否応にも夏休みを意識させられますよね。僕も大学最初のテスト期間がもうすぐ始まり、それが終わった8月から夏休みなのでなにをしよっかなと考え中です。

 

 

質問箱には浪人生の夏休みとありますが、現役生にも当てはまる話を書いていこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みは受験の天王山とよく言われますよね。

 

現役生は学校がなくなるし部活等も夏休みまでには引退するケースが多いでしょうし。浪人生も予備校の平常授業が中断され自分で受講するかを選べる夏期講習期間となるため、今までよりも自分で使える時間が増えるのでここで一気に勉強しよう!、と学校や予備校・よくある受験指導サイトが言いまくってますよね。ここで強調されているのはまとまった時間が取れる夏休みこそが基礎固めや苦手科目を克服する最後のチャンスであるから、しっかりと夏休み中は基礎を何度も繰り返し盤石にしようとかいう脅迫じみたメッセージだと思います。

 

 

ただ、ここまでの僕の文体からわかるように僕はどうもこの見方には懐疑的というか、こういうこと繰り返してる方は受験勉強について前の人が繰り返したのに倣って適当なこと言ってるだけなんじゃないかなというイメージすら持ってしまいます。夏は受験の天王山で、受験生はそこで基礎をしっかり固めようなんて陳腐すぎる受験セオリーですが、僕はこのセオリーにはかなり懐疑的です。そもそも受験の天王山は夏ではないし、夏までに基礎を固めなければいけないとか誰が決めたって感じだし。

 

それで今回は僕自身の現役時代と浪人時代の夏休みのビジョンと実際に僕が過ごした夏休みを振り返り、そこから僕が上に述べた偏見に近い受験生の夏休みに対する考えに至った経緯やなぜこの信念が妥当するのかを述べ、最後に今後の受験生に向けてアドバイスをしていきたいと思います。

 

 

 

 

ぼくのなつやすみ

 

◯現役時代編

 

現役時代の僕は夏休みは受験の天王山だという言説に従っておりかなり気合を入れて夏休みを迎えました。また、特に6月に受けた東進東大模試がA判定で帰ってきておりしかも東進模試独特の去年の同じ模試での成績の先輩の合格率みたいなもので僕と同じ偏差値の方は不合格者0、つまり全員合格であったので、自分はもう受かるものだと有頂天になっていました。その結果、僕は受験期にブログを書くくらいには受験勉強にのめり込んでいたため、夏休みもウキウキで勉強をはじめました。ここで最初の失敗ですが、僕は夏休みを通じての目標をちゃんとには設定していなかったです。東進模試での結果は英語103点、数学15点、国語50点、世界史30点台日本史20点台で、明らかに数学が弱点だとわかっていたのですが、高3の僕は愚かにも数学抜きでも合格することを目指しており今更数学を勉強してももう遅いと信じ切っており、また数学抜きで合格を目指すにしても心の奥底でやっぱり数学もできなければならないのではと数学を勉強する必要性というか焦りのようなものを感じていました。その結果、自分の目標は一応掲げていたはもののどういう方針で勉強していけばいいのかわからなくなり、当時東進模試A判定の結果を引っさげて特待申請した東大特進の春から未消化の現代文の授業をとりあえず消化するというのを差し当たっての目標としてしまいました。そこから夏休みの最初の数週間は東大特進の授業をメインに勉強しており、TIMECNNの定期購読が切れたため英語の勉強はしなくなり、数学は先に述べたとおり勉強しなくなり、古典は嫌いな上に使おうとした参考書が僕には難しすぎたためやらず、世界史は山川を読みはしていたものの本腰を入れてはやらず、日本史はまだやらなくていいだろと勝手に思っていたためガイドブックを眺めたり野島先生の授業の復習をするのに留め、ひたすら東大特進の現代文を家で視聴するという生活を送っていました。

 

ここで僕の夏休みの第二の失敗ですが、勉強場所を家にしたことです。学校は定期が切れたし通学するのが暑くて仕方ないからだめ、東進衛星予備校にでも入ろうと思ったけど入るだけで学費が馬鹿にならないしその頃の僕は独学で格安で親に迷惑をかけずに東大合格を目指す自分に誇りをもっていたというか酔っていたのでだめ、近所の図書館はなんか嫌、東大特進の授業が受けられるのは家だけだし、とあらゆる理由を作って自分を家に閉じ込めたのですが、人間は外に出て太陽の光を浴びないと心身ともに健康的な生活を送れないようになっているし、また社会的動物ゆえに友達と話さないと心が満たされないということで、夏休みも二週間が過ぎてきた頃から僕は段々と鬱になってきました。そしてその頃には東大特進の授業は大体消化しており、また受け身の勉強で対応できる東大特進を消化しきってしまったため、あとは自分の意志力を以て独学しなければならなくなったのですが、その頃にはすでに鬱でその意志力が損なわれてしまいました。それでも毎日を生きていかなければならないため、日々勉強はしなければならないという焦燥感に駆られながらも、ずーっと寝てたりネットの中を当てもなくさまよってみたり、正直毎日の勉強時間は0~3時間程度でした。ただそれでも3週連続でやってくる東大模試は受け、それぞれの前にはルーティン化されている英語のチューニングなどをした結果ABB判定を取ることができました。ただ、東大模試というイベントが過ぎ去ったあとは本当にずっと家に籠もっていて、早く夏休みが開けてほしい、友達と会って話したいとずっと思っていましたね。僕は今でも休日よりは平日のほうが好きです。

 

 

 

◯浪人時代編

 

現役時代の反省を活かして、予備校に通っていたのもあり無理して毎日外に出ることにしていました。また、目標設定も普段から掲げている長期目標に加えて一週間や二週間といったスパンでの短期目標を掲げてメリハリのきいた学習をしようと心がけていました。長期目標は数学の基礎的な解法は8月の東大模試の前までにはすべて完璧に使えるようにしてそこからは解法選択の段階に入れるようにすることとか、短期目標だと8月の第一週と第二週は場合の数と確率なら発展的な問題まで含めて集中的にやってパターンを網羅して得意分野にする、第三週は古典の講習があったから古文単語帳や漢文サブテキストで知識の確認をするとともに前期テキストと夏期講習のテキストを読み返す、第四週は世界史の講習があったからここで山川詳説世界史を本気で覚えようとしながら1周する、学研の東大教室の前の第五周は前期で割と放置気味にしていた日本史を復習するべくガイドブックの主要な記述の完全暗記を試みる、東大模試の週は模試のシュミレーションやフィードバックをしっかりしつつ本番形式の演習の比率を高める、最後の二週間は長期目標と合流して数学の解法選択を集中的にやる、みたいな感じです。短期目標は得点力を高める・失点するケースをなくすためにその時の自分が迎えるイベントや持っている課題に応じて設定していました。この計画は概ね順調でしたが、流石に夏期講習期間もあと二週間といった段階になって“ダレる”期間というか、勉強する体力も気力もなくなってくる時期になって勉強量が減りました。代わり映えの無さすぎる日々、全く友達と話さない日々、東京ドームの都市対抗戦に集うサラリーマンの熱気を含めた都内の灼熱とも言える暑さに無理して耐えて通った日々、肉体的にも精神的にも蓄積された疲労が噴出したといった感じです。よって最後の方はカラオケや温泉に割と頻繁に行ってました。

 

 

はい、僕の二回あった受験期の夏休みを簡単に振り返るとこんな感じです。一言で総括すると、僕の受験期の夏休みはあまり捗らず肉体的にも精神的にも疲れた嫌な思い出というものです。

 

それでは僕のこの経験から、冒頭に挙げた、夏休みが受験の天王山であり、夏休み終了までに基礎を徹底的に訓練して完璧にしなければならない、という受験のセオリーに対する僕の疑問を書いていきたいと思います。僕がこれらの経験から疑問を提起しているという順序からもわかるように、受験期の僕はこの夏休みに関する受験のセオリーにかなりの影響を受けています。よって上に書いた僕の受験期の夏の過ごし方と、僕がこれから書く僕が今持っている受験生の夏休みの過ごし方に関する考えに一貫性を求めるのは完全にナンセンスだということはわかっているとは思いますがご了承ください。

 

 

 

 

最初に、夏休みは受験の天王山なのかという疑問について書いていきたいと思います。まず天王山という言葉があんま馴染みがないというか意味が曖昧なので調べてみたところ羽柴秀吉明智光秀を破ったという故事に由来し、その意味から転じて勝敗や運命の重大な分かれ目という意味で現在は主に使われているそうです。この意味に即して、夏休みが受験において勝敗や運命の重大な分かれ目となっているかということですが、僕は全然そうは思いません。受験において本当に勝敗や運命の分かれ目となるのは間違いなく入試本番の2/25と2/26であり、それまでにいくら勉強しようが当日でのパフォーマンスがうまく行かなければ、少なくとも入試に合格するためにはという観点においては何の意味もないです。受験に向けた日々の過ごし方の重要度は受験本番が近づくにつれて高まっていくものであり、なんでわざわざ受験本番から半年くらい離れた夏休みの期間を受験における勝敗や運命の分かれ目とするのかは僕にはわかりません。

 

 

勉強量という点で夏休みは最も多くのものを積み上げられる期間であり、また積み上げるべき期間だとして、それゆえに夏休みを受験の天王山とする意見もありますが僕はそれにも反対です。そもそも夏休みは個人的には勉強に適した期間ではないと思います。その理由の1つ目は単純に暑いということです。暑いとそもそも脳が働きにくい気がするし、外に出るのも億劫だし、その他の要因も折り重なって本当に勉強しにくいです。24時間エアコンのあるところに居続け、なおかつ陽の光を浴びたり適度な運動をして健康的な生活をすることは物理的に不可能なのでこれは避けられないですね。

 

それに夏休みは正直に言って長すぎます。40日もずーっと自分の限界近くまで長時間、しかもそれを標準の勉強量だとして同じリズムで勉強していたらどこかで限界が来るし飽きも来るに決まっています。

 

加えて、友達と定期的に会って話せないということも夏休みが勉強に不向きである理由の一つです。これは僕が極めて外交的で常にある程度他の人間とのコミュニケーションを取っていたいと思っている人間だからこそ生じる信念かもしれませんが、僕は人間は社会的動物であり定期的に友達と会話をしていないと抑うつ状態に陥りやすいものであると思っています。夏休みは現役生はクラスや部活といった紐帯が少なくとも一時的には途切れ、浪人生も普段の授業がなくなり自主選択性の夏期講習を取ることになるので、平日は毎日顔を合わせていた友達と他愛のない会話をすることが自ら意識的に求めない限りはできなくなります。僕はこのことが主要な原因となって現役浪人ともに夏休みの最後の方は割と鬱でした。

 

更に夏休みは受験の天王山であるだとか、周りがやってるからサボってると追いつかれるぞという一般的な受験指導によりしばしば強調されている強迫観念、受験期なら常にある程度は存在するこの強迫観念ですがこれが夏休みにとりわけ強くなること、これも夏休みが長時間の勉強をしにくい理由の一つです。前述の通り夏休みはそもそも暑くて勉強がしにくい上に、友達と会えなくて鬱になりがちなのですが、この強迫観念が「ああ今日も俺は勉強できなかった、周りは俺よりももっとずっとめちゃくちゃ勉強しているのに俺は何もしていない、追い抜かれたしもう逆転は不可能だ、ああ俺はダメ人間だ」と自分自身を鬱のループへと駆り立てるのです。

 

入試本番はどうせ長期記憶に深く刻まれ自分が自由自在にある種の手続き的記憶として使える知識・ノウハウを以って臨まなければ勝負にはならないと思います。ならば、別に長期記憶はいつ積み上げてもいいんだし、それを一番積み上げる期間を夏休みにする必要はないと思います。例えば僕は英語の基礎力は高1から高2の夏までに積み上げ、高3の最初の模試で103点を取ってそこから集中的には勉強していないみたいみたいな感じです。各々のプランや意欲に沿って柔軟にやっていけばいいのでわざわざ夏休みだからといってそこに集中的に勉強時間を投下する必要はないと思います。

 

 

 この話題に関連して、夏休み中は基礎的な内容を徹底的にやって、基礎を夏休みが終わるまでに固めなければならないというセオリーについても反論していきたいと思います。

 

まず夏休み前の段階で基礎ができている科目に関しては、ガンガン応用的な内容を解いていって構いません。僕は英語は高2が終わる頃までには市販の参考書で一定の評価を得ているものはすべて消化しきっており基礎に関しては自信があったため、高3の春から各予備校の模試問題集を中心にガンガン本番形式の演習をやっていました。普通に基礎ができてるなら応用的な問題をやって先に進んでいきましょう。ただ自分が基礎ができているかどうかの判断を誤らないこと(客観的な数字として現れる模擬試験を利用しよう)、基礎から応用への移行は漸進的にすることをちゃんとやりましょうね。

 

また夏休みが終わった段階で基礎ができていない科目は躊躇せずに夏休み後もやるべきです。浪人期の僕は少し特殊な事情がありましたが、現役時の僕は数学の基礎ができていないのにも関わらずもう夏休みが終わってしまったのだから、数学の基礎はやっても仕ないしやるだけの時間はもう残されていないと考え、その結果勉強を放棄し数学で大きく足を引っ張る結果となってしまいました。このように、基礎が固まっていない科目を持ち続けておくというのは往々にして不合格へと直結します。今年の僕は数学を抜いたとしても文3の合格者平均くらいで受かってましたが、これは本番の問題との相性に恵まれた上に、自分で言うのもなんですが英語と地歴は東大受験生の中でもある程度は突出したレベルの得意科目だったからであり、現に現役時代は僕は数学で一完さえしておけば受かっていた成績で落ちています。夏休みが終わってから受験本番まで大体半年くらいですが、半年もあれば苦手科目をある程度は戦えるレベルに持っていくのは可能でしょう。実社会においては逆かもしれませんが、受験においては得意を伸ばすより苦手を潰すほうが勝ちやすいと思います。

 

また、ここまで得意科目と苦手科目の両方のケースについて夏休みに基礎を集中的に取り組み夏休みまでに基礎段階は終えるという受験勉強に関するセオリーへの反論や代案を書いてきました。ですが、得意不得意に関わらず夏までに基礎段階の学習を終えるというのは僕自身の考えでは論外です。特に東大入試において一番重要なのは基礎範囲、誰もが簡単だと思う部分の問題です。誰もが解ける問題を落としてしまうというのは大きなビハインドです。なんかどこかから伝え聞いた話によると、東大模試の問題からこれはその科目の基礎で東大受験生なら誰もが解けなければならないだろうと、その(予備校教師だか受検生だかが)判断した問題の配点を合計してみたところ合格者最低点の水準を超えていたそうです。もちろんこれは解けなければならないの基準が曖昧なためこの話の真偽は証明不可なのですが、受験に関わるものが発言している基礎が重要であることを語るエピソードの一つにはなっていると思います。

 

加えて、基礎の範囲は応用範囲の問題を解く際の土台というか、応用問題は基礎の組み合わせから成り立っているので、それを解く際に基礎範囲の問題を自動的に何問も解くことになっています。その際基礎が全く意識することの無いままスムーズに取り出せられるレベルで身についていないと一つの応用問題を解くときに思考がスムーズに行かなくなり、結果解くスピードは遅くなり解答までの道順も思いつきにくくなり結果として問題を間違えやすくなります。僕はよく受験期は"自動化"という表現を使っていましたが、基礎に関しては問題を見た瞬間に自動的に手が解答を書いているという域にまで達していないと戦えないです。この自動化を導くプロセスとして、基礎の反復練習は大切だと思います。

 

 

これらの理由から、夏休みが終了したあとも全科目基礎を定期的に復習・練習した方がいいと思います。特に知識や言語化できない問題に当たるときの感覚が重要な地歴と数学において、僕は夏休み後も山川の教科書やガイドブックを読んだり、合格る計算を繰り返していました。

 

 

さて、これで僕が夏休みに関するセオリーに対して疑問を有している理由がわかったと思います。ただし、これはあくまでも元一受験生の意見であり、セオリーとして確立されるくらい長い間受け継がれてきたものに関してはそれなりの妥当性を認めざるを得ないです。例えば、この記事を読んだ受験生の中には僕の記事を盾にして夏休みに勉強をサボって怠けまくる人間が確実に生まれるでしょう。そうやって怠けまくる人間に関しては夏休みは人生で一番勉強しなければならない期間であり、周りのやつはもっと必死に勉強しているから追いつかれないように自分も一生懸命やらなければならず、また夏休み終了後には基礎なんかやってる暇は無いのだから何としても夏休み中に基礎を絶対に固めなければならないのだと、受験期の夏休みのセオリーを使って何度も強迫的に勉強に駆り立てる必要があるのでしょう。ただ、僕が東大に入って得た、東大生と関わる際には基本的に”性善説”を用いて良い、という実感から、その東大生予備軍である受験生読者も基本的には根が真面目で素直でいい子という仮定を僕はしており、そうした受験生は強迫的な夏休みのセオリーを素直に受け止めてしまい、セオリーが要求するものやそれを受けて理想化した自分の姿と夏休みの自分の現状にギャップを感じて落ち込んでしまうだろうと思い今回の記事を書きました。まあ今こうして言ったのは受験生時代の過去の僕に対してというのがメインです。受験勉強に対して真摯であるがゆえに鬱になってしまうような真面目な僕が当時読んだら心が救われるような記事を書く、というのが僕が受験関係の記事を書く際に意識していることですね。

 

 

さて、これらのことを踏まえてこれから夏休みを迎える受験生に向けて夏休みの過ごし方に関するアドバイスをしたいと思います。

 

 

〇短期目標を立てよう

 

僕が浪人期にやってよかったことの一つです。短期目標を立てれば一定期間ごとにやる勉強の内容が変わって勉強にメリハリがつきます。また、一定の成果を短期間で確認できるので勉強の手応えを感じることが出来モチベが上がります。これはぜひやってみましょう。

 

 

〇数値目標を掲げる

 

目標を立てる時はなるべく数字で残るように、例えばこの問題集の問題を何問解くかとか、この教科書を何周するかということを決めて立てましょう。これも同様に自分の勉強の成果を確認するのに有用です。ただし数値目標を立てると、ともすればその目標を達成することだけを考えて集中度などで質が下がりがちになるので、勉強中はしっかりと集中して勉強した内容をきちんと定着できるようにしましょう。

 

 

〇自分に厳しくしすぎず適度に息抜きする 

 

これは上で散々理由を言ってきた通りです。僕個人の考えでは夏はとにかく長時間勉強するのには不向きです。気合を入れて一日12時間とかやってると必ずどこかで限界がきます。よって、夏休みの勉強量は一日最大で8時間とかでいいと思います。最初の何週間かを一日12時間とかやって夏休みの最後の方はだれたり体調崩したりして勉強時間が下がるよりかは、適度に息抜きをしながらコンスタントに毎日8時間をやった方が、長い目で見たら勉強量を確保できている場合が多いし、記憶の構造上定期的に何度も繰り返した方が知識が定着するので学力がつく場合が多いです。よって平日はノルマを決めて勉強時間は最大でも8時間程度に、1週間に一度くらいは午後半休とかにしてどこかに出かけたり友達と遊んだりするくらいが丁度いいでしょう。夏休みはまだ受験本番まで半年くらいはあるので全然追い込まなくていいです。涼しくなって勉強しやすくなってから追い込んでいけばいいんです。空いた時間では自分が好きなことで息抜きできることをやりましょう。おすすめは適度な運動と親しい人と会って話すことです。僕はこれを実践できなかったので書いてて耳が痛いですが、笑。

 

 

 

僕が自分の経験、特に失敗した経験から受験生に夏休みに関して還元できることは大体以上です。伝えたいことが多すぎて過去最長クラスの記事になってしまいました。読み辛かったのなら申し訳ないです。

 

 

 

メリハリのある夏休みを過ごしましょうね。

 

 

それでは今回はこんな感じで!

 

 

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